保育園の運動会が3年ぶりにほぼ制約なしの開催。でも小学校はかなり限定的な開催。もう少しの辛抱ですかね。 さて。ぼんやりと「約束事」のことを考えました。約束事があると、その事柄についての判断が不要になるので、便利です。決まった状況において、いちいちどうしようか考えなくてよくなるし、チームの意思統一も図れる。それは合理的。 でも、約束事は万能ではない。状況がまったく変わらなければずっと同じ効力を発揮するのでしょうが、あらゆる状況は変わるので、その変数がどこかで無視できなくなります。また、約束事を守ることが第一義になり始めると、本来の目的を見失うというあるあるも。 約束事はあくまでツールなので、定期的にメンテナンスが必要ってことですね。道具はどんどんアップデートされるし、そもそもの必要性だって疑わないといけない。ルールは時代にあわせて変わるし、それを盲信するのは思考停止に他ならない。 と、長男のラグビーを見ながら、もう少しディフェンスの約束事がほしいな〜と思った次第。でも子供たち素直だから、約束事を守ることが大義になっちゃいそうで、それはちょっと勿体無い気もするんですよね。かといってルールの意味まで考えさせるにはちょっと早いだろうしな〜。 仕事も暮らしも同じですよね。みんなで動くためにはルールは大事だけど、その意味をよく考えながら近視眼的にならずに改善していかなくちゃ。 よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。
「よりみち」をテーマに綴ります。お出かけのような物理的なもの、心持ちのような精神的なもの、たしなみのような文化的なもの、全部ひっくるめての「よりみち」を推奨していきます。よりみちしながら、いきましょう。(ブログタイトルは『暇と退屈の倫理学』より借用。基本方針は、2022年1月1日のポストをご覧ください)