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8月, 2023の投稿を表示しています

宇宙遊泳的インシデント

夏休みで美術館もいつもより賑わってますねー。東京駅もすごい人です。 さて。国立新美術館で開催中の「蔡國強 宇宙遊ー<原初火球>から始まる」鑑賞。中国出身の蔡國強さんの個展です。昨日のアーティゾン美術館に続いてこちらも、とっても良かったです!! 会期8/21までとあと少しですがぜひもの。 展示室に入ってびっくり、全部ぶち抜きでどかんどかん作品が並んでいたのですが、その半分近くを占めている<<未知との遭遇>>がすごい! さながらテーマパークのごときインスタレーションで、ワイヤーみたいなフレームで作られた観覧車とかメリーゴーラウンドみたいなのが旋回しています。よく見ると宇宙モチーフで、エイリアンのようなものや月などの造形。LEDがいろんなパターンで光るフォトジェニックさ。素敵。 展示全体が時系列に沿って、蔡國強の歩みをたどります。代名詞的な火薬を作った絵画やプロジェクトがいかにして生まれ変遷していったかがわかって大変興味深かったです。火薬という中国的モチーフでルーツを強烈に意識しながらも、美術界の東西の分断を文字通り爆破してしまうそのインパクト! そしてそこに込められていたのは宇宙からの視点という超ロングスパンかつメタな態度でした。 今ってとかく近視眼的だから、そのスケール感にほとほと感じ入ってしまったのですね。合理性とか生産性とか、宇宙の瞬きの中ではあまりにも小さな話。あの星から届く光は200年前のものなのにあなたたちは何言っちゃってるの?みたいな感覚になりました。 あらためて火薬ドローイングってどう描いてるんだ?って思いましたが、本当に火薬で絵を描いて、火をつけて爆破していましたw その制作ドキュメント映像を見ていて、一瞬の閃光とその後に訪れる闇の対比が興味深く、それは命の儚さともつながっているように思います。星の明滅にも接続しているのかも。姿形は消え去るけど残る火薬の匂いと網膜の記憶。という美しさ。 そういえば北京オリンピックの開会式もこのひとの仕事だったなとか、8年前の横浜美術館での個展のこととかも思い出しつつ、要の東西を超えた宇宙と真理を感じさせる展示なのでした。30年前の作品と、近年の作品が違和感なく共存していたのもすごいし、でもその我々からしたら十分に長い時間も、宇宙スケールで見ちゃうと一瞬なんだよね。光すら届かぬほどの寸

抽象絵画スペクタクル

書きたいことはいろいろあるのですが、書く時間がうまく取れなくてすみません。 でも。これはどうしても書き残したい! アーティゾン美術館で開催中の「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」鑑賞しました。 軽い気持ちで観に行ったのですが、とてもよかったです。何がよかったかというと、最後の「現代の作家たち」のセクションで、文字通り現代作家の抽象画が並んでいるのですがとても好みで最高だったのです。特に感動したのが鍵岡リグレ アンヌさんの作品↓ 「Reflection」というシリーズの2点でしたが、流る水を思わせる色使い、世界地図のようにも見えた奥行きというか広がりの視覚的インパクトもさることながら、これジオラマのように隆起している立体的な作品なのです。解説によるとグラフィートという古典的な壁画の技法に布のコラージュが加わっているそう。初めて、心の底から、この作品が欲しいって思いました。いくらするかわからないけど何とかして手に入れたい。作品集もあればほしい(検索したところ見つからなかった)。 そのほかにも、リタ・アッカーマン、津上みゆき、高畠依子、横澤美由紀といった面々の作品もインパクト抜群でした。めちゃくちゃワクワクした。 展示全体でいうと、抽象画前夜のセザンヌやゴーガンに始まり、マティスにピカソにジョルジュ・ブラックのキュビスム、そしてカンディンスキーやパウル・クレーといった始祖の作品が連なります。やがてその中心はアメリカに移り、ジャクソン・ポロックやクーニング夫妻、マーク・ロスコなども並ぶオールスター的なラインナップで見応えありました。 あらためて抽象画、パッと見からは何を描いているのかわかりません。印象派たちが自らの感性のまま風景をとらえたのち、作家たちは自らの内面に目を向けそれをアウトプットしたのが抽象画だとするなら、それはすなわち心象風景であり前後の文脈や作家の言葉を参照せずに、わかるはずはない。 だから、わかろうとしなくてもいいんですよね。僕なんかはもう見た感じが好きか嫌いかでしかないし、それが何を描いているのか想像したところで正解なんてもはやないわけで。そしてそれこそが醍醐味だなと再確認しました。強い原色、荒ぶる筆致、あるいは薄暗い世界、不思議な幾何学模様。なんだか答えのない今の時代にぴったりとも言えるかもし