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6月, 2023の投稿を表示しています

感想_おかえり横道世之介

あんまり暑いので扇風機を出しましたよ、2台同時に。 さて。吉田修一『おかえり横道世之介』(2019年刊)読了。あの横道世之介が帰ってきた! 就職活動はさっぱりうまくいかず、バイトとパチンコで食い繋ぐ24歳になった世之介。そのパチンコ屋で出会った新たな友達、大学時代の親友とひょんなことから出会ったヤンママ家族、やっぱり世之介は頼りなくて、ボンクラで、だけどどうしようもなく憎めなくて。 なんだか大学時代よりダメになった気のする24歳の横道世之介。流れるままにフラフラと過ごし、ヤンママと親しくなってその実家の世話になるってどんな流れだよ!って感じですが、世之介だとなんかそれでオッケー。 大学時代ほどのキラキラした感じはなくて、もう少し世知辛さや社会のやや日陰っぽいところが舞台になっています。バブル崩壊後の元気がない世相も取り込んでいるのかな。それでも世之介は世之介のままで、そういう劣等感や差別的なものに一切加担しません。いつも通り、今まで通りに、打算なくフラットな世之介のままでいてくれるからどうやっても応援したくなる。 前作同様に、1年間を追っていて、合間に登場人物が世之介を振り返るモノローグが挟まれます。なんと東京オリンピック開催の2020年も物語に織り込まれそこからの視点になっていて(まさか延期になるとは知る由もなく)、よりドラマチックな仕立てでした。ただ、キーパーソンぽい感じだった浜ちゃんのエピソードがあんまり掘られなかったところはおや?って思いましたが。 ラストに思いっきり書かれている世之介の善良さについて。ああそうか、善良なんだな、世之介のいいところってと腑に落ちました。フリーターだし、まるで頼りないけれど、シングルマザーにも親友にも訳アリそうなパチンコ仲間にもお隣の異国人にもフラットに接することができる世之介。人を疑わず、貶めず、あるがまま受け入れられること。 多様性とかボーダレスとかそれっぽい言葉が飛び交うけれど、先入観なく人と向き合えることがどれほど貴重なことか。自分にはほんとなかなかできないことだから(頭ではわかっているつもりでも)、やっぱり世之介が眩しいよね。頼りないと言われながらも、やる時はやるところもカッコいいんだぜ。 文庫版のおまけで、映画を撮った沖田監督と高良くんの対談があって、やっぱりまた映画が見たくなってしまうというね。むしろこの続編も撮っ

感想_横道世之介

『永遠と横道世之介』が発売されていますね・・・! ということで。吉田修一『横道世之介』(2009年刊)読了。大学進学を機に長崎から上京してきた男、横道世之介。名前も面白いが、本人も面白い愛すべきボンクラ男。流れるままにサンバサークルに入り、超お嬢様とのお付き合いが始まり、周囲の人を微妙に巻き込みながら過ぎていく、愛すべき青春の日々。 この小説を原作にした映画が大大大好きで、いつか読みたいと思っていた原作をついに手に取りました。あらためて、映画はとても原作に忠実だったんだなぁと確認し、どうやっても世之介は高良健吾君になり、祥子ちゃんは吉高由里子になってしまい、倉持は池松壮亮君になってしまいますよね。なんて愛おしい世界なんだ。 映画にはなかった(よね?確信ないが)、世之介のおばあちゃんの死が描かれていて、それはそこまで重要なシークエンスではないと思うけど(だから映画ではカットされたんだよねきっと)、原作にしかない部分なので読めてよかった気持ちになりました。 あらためて、世之介の持つ類まれなる善良さのようなものに触れて心が温まります。そしてその明るさに。闇雲な希望とか、現実味のない理想とかではなく、いつだってそこにいそうなのに、実際にはなかなか手に入らないこと。でもきっと僕たちはちょっとなら世之介に近づけるはず。全部が世之介になるのは難しいけれど、少しずつ世之介を自分の中に取り込むこと、彼の居場所を持つことはできるんだろうなぁと思いました。 それって何なんだろうと思うと、打算のない素直さかなーと。情報と同調圧力が渦巻く中で、正解かどうかなんて気にせずに感情の赴くままに行動する世之介への憧れの気持ち。僕自身はどうしても空気を読んで計算して日々立ち振る舞ってしまうから、その対極にありそうな世之介に惹かれてしまうんだよね。祥子も同じかなー。似たもの同士。 ということで、小説版も素晴らしくよかったので、映画とセットでマスターピース入りが決定しました。ラストお母さんからの手紙に「世之介に出会えたことが自分にとって一番の幸せ」という言葉がありますが、僕も同じ気持ちです。一番の幸せはさすがに言い過ぎだけど、出会えて幸せなことは間違いない。 よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

オズマガジン2023年7月号「鎌倉名店案内」

今年も販売キャンペーンやってきましたよー。 さて。オズマガジンの最新号は恒例の鎌倉特集号です。すっかり日常が戻りつつあるこの頃、鎌倉も週末中心に大変な賑わいだそうで。 そしてその賑わいに合わせるようにと言いますか、載ってるお店たちの新しいこと、新しいこと。これも知らない、あれも知らない、こんなのできたんだー!の連打でした。 茅ヶ崎のMOKICHIさんのお店ができたり、辻堂の27 coffee roastersのお店ができてたり、パンとエスプレッソも鎌倉に登場とは驚きました。そんなニューオープンに対抗するわけではないですが、名店案内あり、江ノ電ガイドにお寺と神社案内も入った保存版的一冊です。 で、個人的にはラストの名カフェdimanche堀内さんとこちらも鎌倉のランドマークとなったグッディーズ内野さんの対談がよかったですね。お二人とも面識があり、お店にも何度も行っているからというのもありますが、鎌倉の良きところを体現するお二人だよなーと改めて思いました。 いろいろあるんですが、鎌倉という街のいちばん素敵なところは求道者みたいな人たちが集まってその人たちのお店があってそれに触れられることなんじゃないかなーと思うのです。求道者というとストイックすぎますね、自由愛好家? ちょっと違うか。まあ、自分の好きなもの・信じるものを大事にしている人。そしてそれを押し付けがましくなくシェアできる人。そんなイメージです。pomponcakesとかもそうかなー。 自然体であること、そしてそこにある自然とともにあれること。それは単なる自由人や夢追い人とういことではなく、いろんな現実的問題も踏まえてしなやかに乗り越えていくって感じです。 ちょっと話がエモに寄りましたが、やはり魅力あふれる鎌倉よ。遊びに行かなくちゃね。 よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

感想_天才はあきらめた

『たが、情熱はある』は観てません。ドラマ好きなのに観てないなー。 さて。山里亮太『天才はあきらめた』(2018年刊)読了。南海キャンディーズの山ちゃんのお笑い芸人としての半生をまとめた自叙伝。面白かったです。『天才になりたい』(2006年)の大幅な加筆修正だそうで、そっちは読んでない。 僕は南海キャンディーズの漫才も観てなければ、山里さんのテレビやラジオもほぼ触れてないので、おかっぱスカーフで毒吐くインテリ芸人というイメージでしたが、まあそのイメージ通りでありつつも、圧倒的努力の達人ということがわかりました。 普通の人なら諦めたら腐ったりする場面で、彼はなんやかや半ばキレながらも退路を絶ち、言い訳をねじ伏せ、嫉妬を全開に、目標へ向かって前進する。お笑い芸人の世界はわからないけど、ネタをノートに書き続け、言葉を磨き、コンマ単位の間合いをログする人はどれだけいるのでしょうか。この圧倒的なエナジーは誰にも真似できないと思う。情熱はある、ってこのことかと思わされる熱量。 戦略的なそのやり口は、インテリジェンスあってのものだと思うし、いわゆるPDCAを本気で高速回転させているのだろうことが、数々のエピソードからわかります。それは真似したくてもできないレベルですが、その根底とも言えそうな部分であり、僕が最も共感したのは「やりたいお笑いがない」というくだり。誰かを笑わせるのは好きだしそのために努力しているけど、自由にやっていいと言われたら迷子になる感じ、僕にはとてもよくわかる。 そんな時でも山ちゃんは圧倒的な努力で乗り切り、成り上がり、それでもまだ歩みを止めずに進んだからこその今なんでしょう。僕にもまさに、「何者かになりたい」思いがいまだに燻っていて、でも山ちゃんのような圧倒的努力ができていないことを突きつけられるほろ苦さも含んだ一冊。もっと頑張らないとなー! 文才もあるなーと感じさせる山里さんは、同い年。あとがきはオードリーの若林さんの愛ある寄稿でしたが、もっと周囲からの山ちゃん評も読みたくなりました。なんだかんだクセはありそうだし、どう思われてるんだろ。 ま、山ちゃんへの最大のシンパシーは蒼井優ちゃんが好きだ!ってことなんですけどね。もっと頑張らなくては! よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

小学2年生は恥じらう生き物。〜長男7歳6ヶ月、次男2歳11ヶ月〜

↑この現象、日暈というのですね(またはハロ)。 さて。小2長男の授業参観に行ってきました。教室につくと見知った子どもたちがじゃれてきてかわいいです。見知らない子どもたちも「誰のお父さん?」といった具合に寄ってきてかわいいです。 見たのは国語の授業。詩を班ごとに朗読するというものでしたが、各班それぞれ詩の読み方を独自に考えて発表するというもの。ソロをパート分けしたり、みんなで一緒に読んだり、声を大きくしたり身振り手振りをつけたり、いろんな表現をしてみんな頑張っていました。 詩をただ読むでもなく、意味を読み解くだけでもなく、こうやって身体的表現の領域まで拡張するのはとてもクリエイティブでいいな、って思いました。前にコラボ授業(算数×体育みたいな)のニュースを見ましたが、国語×音楽や体育というのもありだよね、と。 発表の後は、どんな工夫を発見したか、聞いていた人たちが挙手して発表。こういう演って終わりじゃないスタイルも自分の子供時代にはない(あれあったかな?記憶なし)、今っぽい進化だなーと思いました。 さて。ひとつ思ったのは2年生にもなると照れとか恥じらいが出るんだな、ということ。緊張は1年生でもあったけど、去年はもっとみんな勢いだけでガンガンいっていたような気がする。あと、正解を当てに行っているなというところも。 真っ当な成長なんでしょうけど、なんか寂しさも感じたりして、公共の場でわちゃわちゃしてるとヤレヤレとか思ったりするのに身勝手な大人の気持ちなのでした。 なんにしても愚息くんも学校生活を無事に送れているようでひと安心。よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。 ■次男備忘録 ここにきてワガママがひどいというか、イヤイヤのアップグレードというか…。お風呂入らない、歯磨きしない、寝ない、のないない3兄弟に参っております。 一方で言葉は達者になり、抱っこせがみが減り、遊び方も複雑化したりお絵描きも形を成し始めたりという成長も。

感想_<叱る依存>がとまらない

アンガーマネージメントにも興味がある今日この頃。 さて。村中直人『<叱る依存>がとまらない』読了。部下を、子供を、つい叱ってしまう。その日常的な行動には叱る側の依存性があった。臨床心理士の著者が「叱る」のメカニズムを解き明かし、叱らない社会をやさしく説いた1冊。 7歳と2歳の子供を持つ生活は、日々のあちこちに「叱る」が潜んでいます。前を向いて歩きなさいとか、ごはんこぼすなとか、いたずらするなとか、早く支度しなさいとか…。そんなのはどこでもそうだと思うのですが、「程度」がわからないのですよね。どのくらいがしつけや教育の範囲で、どこからそれ以上に逸脱してしまうのか。そんな自分の悩みの出口を求めてこの本を手に取りました。 なお、自分は対子供で考えていましたが、この本は対部下や後輩というのも大いに含まれています。 本書の大きなポイントは叱るという行為は、叱る側の欲求を満たすものであって、叱られる側を変える効果は非常に弱いということ。「本当はこんなこと言いたくないけど仕方ないから」と思いながら叱っているつもりが、実は「叱りたくて叱っているだけ」ということです。独り相撲かよ! もちろん、相手に変化を促したいという気持ちは間違いなくあるのですが、叱るというのは手法としてまったく有効じゃないと言うことです。でも、叱ることで相手が言うことを聞いたように見えたり、萎縮したりするから勘違いが生まれてしまい、その実本質的には何も変わっていなかったというオチ。こうして「何度言ってもわからないならこうだ!」的な負のスパイラルが生まれ叱る依存はエスカレートしていくと。 実験データや専門的知識をもとに語られているのでこのロジックはとても腑に落ちますし、確かに怒ってみせたり、きつく言い聞かせたところで、相手が何にも変わらないというのは実感もあります。子供もそうですし、対大人でもそう。自分が叱られる立場で考えても「この説教早く終わらないかな」とか思ってたりしますよね笑(いや、自分に非があればもちろん認めますよ…)。 叱るの持つ効果は、例えば道路に飛び出す子供を止めるような無条件の危機介入・抑止力のみのようです。とにかく何が何でも止めなきゃいけないときだけ。なので、相手に本質的な改善や理解を要求するならば、叱る以外の方法を模索した方が良い。 子育て8年目に突入した今、これはなんとなく思うところなのでした

新幹線運休にまつわるエトセトラ。

ご近所がお祭りラッシュで、日常の回帰を感じています。 さて。大雨に襲われた日本列島ですが、私も影響受けたので記録しておきますよドキュメント。 6/1名古屋へ。終日曇りで夜遅くパラついた程度。6/2目を覚ますと雨。まあまあの降り。11時頃名古屋駅に着くと在来線計画運休のお知らせが出ており、みどりの窓口は混雑している。新幹線は平常通りで、豊橋へ。 雨風がだいぶ強まってきた。こちらも在来線は続々と運休の模様。商業施設に行ったが人影まばら。14時過ぎの新幹線で浜松に移動。三河安城らへんで停電があったそうで、乗った新幹線の次以降が運転見合わせのアナウンス。今日のうちに帰る予定で、もしかしたらこれ降りないほうがいいのかも?と頭をよぎるが、まあ一時的だろうとタカをくくり予定通り浜松下車。ここが運命の分かれ道だと気付くのはもう少し後の話。 アポイントを終えて16時過ぎ、新幹線は動いていない。浜松駅のカフェで待機してると、17時半頃にラストオーダーと言われる。急遽、閉店が18時に繰り上がったのだそう。この頃、店内中のスマホに緊急アラートが鳴りまくる。付近の川の増水への警報。後からニュースで知るが、午前中に行った豊川もここ浜松も大変な大雨被害でした。 東海道新幹線のサイトには終日運休の可能性が仄めかされる。浜松駅周辺のホテルを探すがすでに全滅のようで、何軒か満室と言われ、あとは電話も通じずネット検索も空室はヒットしない。一軒飛び込んでみたが夕方から一気に埋まったとのこと。フロントがちょうどキャンセル電話受けてたから空きが出たかと思ったけど今日の予約ではなかった。浜松に来られなくなった人もいそうなものだけどね。 レンタカーも聞いてみたけど県外乗り捨てができなかったり、空きがなかったりで断念。これも後から知ったが東名高速も通行止めになってたぜ。駅前ホテル一階カフェで仕事してたらついに新幹線終日運休確定したのが19時頃だったかな。 幸いカーシェアは明日の昼まで空いてたので(駅近のステーションは取れなかったが)それをおさえて、再びホテルを探すとクルマで20分ほどのビジネスホテルがかろうじて取れたよ。最悪の事態は回避かな。てことで向かおうとしたらホテルの傘立てに置いた傘がないよ! 宿泊客が持って出てしまったようで、フロントに泣きついて傘を借りる(自分の傘が戻ってきたら確保してくれと依頼。翌朝来た