スキップしてメイン コンテンツに移動

「たべる人」に掲載していただきました。


今のところ穏やかめの梅雨で、こんな感じで抜けてくれるといいんですけれども。


さて。千駄木の素敵な食事処「檸檬の実」さんのHPに「たべる人」という連載記事があります。ちぎり絵作家のわたなべえみさんが、檸檬の実の上客の方のお顔を、ちぎり絵で描きつつ、長くない文章を掲載していただくもので、なんとこちらの企画にお招きいただいたのでした。恐縮です。その記事は↓。

たべる人 | 檸檬の実


わたなべさんとは初対面でしたが、何度かオズマガジン編集部にご連絡をいただいていたので、お名前と、作品は存じておりました。なかなかご一緒する機会がなく不義理を働いていたにもかかわらず、こんな貴重な機会に呼んでいただいて、なんとお礼をしていいのやら。わたなべさんは穏やかなのに意志があってアクティブで、なんだか誘われるがままペラペラとどうでもいい話をしてしまったのでした。


そしてそして、ちぎり絵は、似ていると好評です!嬉 あたりまえですけど、似顔絵以上に手触りがあって、一点もの感が強いですね。実物を見てないですが、顔のパーツも表情も再現なさっていてすごい! 無精ひげとちぎり絵の相性のよさよ!笑 そして、落ち着いた背景もいい感じです。


あらためて、檸檬の実という空間は、店主のイダマイコさんの料理とお人柄を起点にしていろんな人々が集い、食べ笑い、そして交わっていく磁場であり小宇宙だったんだなと再確認させていただきました。お店のキャッチコピーが「おいしくたのしくつくっています」なのですが、控えめな言葉ながら、これを体現し続けているイダさんがほんとにスゴイ。シンプルなことほど、難しいですから。もちろん、その裏にはいろいろと大変なこともあるんだと思いますが。


素敵なご縁に加えていただいて、本当にありがたいことです。ぜひみなさんも、この幸福(もちろん口福も)を味わいに訪ねてみてくださいね。


よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

コメント

このブログの人気の投稿

2022年の抱負

  家族でカルタに興じながら一年をスタートさせました。格付けもチラ見。 さて。2021年はオズマガジンを離れると言う大きな変化のあった年でした。それなりに戸惑いもあった気がしますが、過ぎてしまえばそれもすっかり遠ざかり今は新しい仕事と環境にすっかり染まっています。人間の本質は変化だと言った人がいましたが確かにそうだなと思います。付け加えるなら、適応。 自分がやりたいこととは何だろう?と考えると、究極的には「楽しく暮らすこと」となります。そう考えると、オズマガジンの仕事は僕の暮らしを楽しくしてくれるものでしたし、今従事する本を届ける仕事もまた、新しい楽しみを教えてくれるものなのです。そして、どちらも待っていてくれる人がいて、その中で僕に与えられた役割があるということ。それってありがたいですよね。 まあでも、世界は知らないことばかりというのも、改めて知ったことでもあるので、まだまだもっともっと面白い世界だってあるはずなので、その可能性は閉ざさずに、まずは目の前のことにしっかり取り組みたいと思います。一人前にできたら次に考えるべきことがあるはず。 唐突ですが、今年の抱負は、ホームランを一本打つ、で。これまでは職人的なモノづくりをしてきて、その経験を生かしつつ今はもう少し俯瞰して、一発かっとばしたいと言う気持ちです。 寅年ということで、猛虎襲来、頑張りたいと思います。 よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

このブログを通して考えていきたいこと

新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。 改めて、このブログのことをご紹介します。基本的には筆者の日々や思考を綴るライフログであり、老後のための備忘録ですが、テーマは「よりみち」です。 『暇と退屈と倫理学』という本に、こんなことが書かれていました。「人生について回る"暇と退屈"を振り払うには、深い満足が必要だ。それは、一つ一つの物事をしっかり味わうことで得られる」(かなりの意訳になります、ご容赦ください) さて、深い満足を得るために、物事をしっかり味わうとはどういうことでしょうか。僕は、自分の目でよく見て、よく感じて、よく考えて、できれば触れてみること、ではないかと思うのです。 つまることろ必要なのは尽きない好奇心であり、それを僕は「よりみち」と表現しています。時間も手間もかかりますが、効率の良い最短ルートだけを行くのではなく、意味や理由ばかりを求めるのではなく、時には非合理も不条理も受け入れながら、いやむしろ積極的に楽しめたら、しばしば私たちを苛む暇と退屈から適切な距離を取れるのではないでしょうか。そんな思考実験の場でもあります。 そんな気持ちを込めての「暇と退屈とよりみちの倫理学」です。基本的には、ごく私的な記録になりますが、気楽にお付き合いいただけたら、そして幾らかでも楽しんでいただけたら、そしてそして多少なりともいい1日のためのきっかけにしてもらえたら、これほど嬉しいことはありません。 いずれにしても長く続けるべくマイペースでやっていきたいと思います。 よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

ノスタルジーの正体

 箱根駅伝往路、青学が磐石でしたね。復路にドラマはあるのか。 さて。実家の近くの児童公園に子供達を連れていきました。自分が子供の頃に遊んだ記憶もある大きなタコ滑り台に、長男は大はしゃぎ。他にもパンダ公園とか怪獣公園(いずれも通称)があるからまたの機会に連れて行きたいものです。今の家の近くというか最近こういう遊具をあまり見ないのは、安全性が低いのか、コストが見合わないというところでしょうか。単に不人気とか? そんな実家で過ごす正月はどうやら最後になりそうで、両親は今年中にこの戸建てを手放してコンパクトなマンションに居を移すことを決め、僕の生家(厳密には生まれてないけど)はなくなるようです。その話を聞いた時はやはり切ない気持ちになりましたし、なんなら自分たちが住まおうかとも考えたのですが、ちょっと現実的ではなさそうで、それも致し方ないかと思うように。 何もかもが移ろっていく世界で、変わらないものなんて何一つないというのが真実かもしれません。だからこそ、変化してないように見えるものに僕たちは一種の憧れを抱くのでしょう。どうにかして時を止めておきたいと思って、絵を描き、写真を撮り、物語を紡ぐ。この絶え間ない時の流れを永遠の名のもとに刻み留めたいから。 それをノスタルジーと呼ぶのですね。昔懐かしいものに惹かれるのはなんでだろうってずっと思っていましたが、変化のスピードが日に日に速まる今こそ、これまで以上にこの感傷は強まるのかもしれません。たとえ束の間の慰めに過ぎなかったとしても、確かに僕たちにはそれが必要なのです。なぜなら、僕たちの気持ちは、世の中や、コンピュータほどには早く変わっていかないのだから。そんな風に思う帰省でした。 よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。