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感想_ダーウィン事変(1〜3巻)

長男の水筒に麦茶と間違えてハーブティー入れちゃったんですが、我慢して飲んでくれたそうです。父、うっかり。


さて。うめざわしゅん『ダーウィン事変』1〜3巻読了。人間とチンパンジーの子供、"ヒューマンジー"のチャーリー。ミズーリの田舎で育った彼はハイスクールに通い始めるも、好奇の目で見られ、トラブルが絶えない。そんな中、ALAという過激な動物保護活動をする団体によって狙われることに。なぜ彼らはチャーリーを狙うのか、そしてチャーリーの出生の秘密とは。


ある日から書店でどーんと平積みになっていると思ったら、「マンガ大賞2022」1位を獲得したのでした。試し読みを読んだらバッチリ引き込まれて一気読み。めちゃくちゃ面白かったです。浦沢直樹さんの『MONSTER』を思い出しました。シリアス路線の社会派サスペンスタッチ。

マンガ大賞2022


まずはチャーリーvs謎の団体ALAという構図で、そのバトルが面白い。狂気としか思えないALAリーダーと、知能も運動能力も常軌を逸したチャーリーはスパイダーマンさながらの活躍で、超痛快で、手練れの兵隊たちを次々撃破するのは気持ちいいです。それを支える学校で唯一の理解者ルーシーというヒロインもまた、ぶっ飛び気味のナイスガールで好感度マックス(こういうキャラが本当に好きだ!)。チャーリーの両親もクールだぜ。


そしてその背景には、人間至上主義とでもいうべき現代社会への問題提起らしきものがあり、ヴィーガンというライフスタイルに対する議論もあり、そのあたりの伏線がチャーリーとどうつながっていくのか、そこがこの作品を骨太にして、興味をそそるのです。タイトルもお上手で、人類が今の所、地球の進化の頂点のように僕たちはつい考えてしまうけど、1万年単位でみたらあくまでこれは進化の過程でしかないかもしれないということ。そういうスペクタクルがあります。


舞台がアメリカの田舎で、保守的な村人が出てきたり、警察やFBIも登場してくるのはハリウッド映画を見ているようだわ。あるティーンエイジャーが、過激思想で学校を銃撃するのも、ある意味でリアルよね。もう既に映画化できてしまいそうだし、見てみたいです。


この先、チャーリーがヒーローになるのか、ダークヒーローになるのか、はたまたヴィランになるのか(さすがにそれはないか)、まだまだ物語は序盤という感じ。このスケールのまま楽しませて欲しいと思う傑作でした。マンガ大賞の冠に偽りなし!! 4巻が今月21日発売ということでむちゃくちゃ楽しみです。いや〜、世界には面白いマンガが、本当にたくさんあるな。


よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

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