モーグル男子燃えたし、スノーボード女子スロープスタイルの逆転劇もシビれた。雪山熱あがります。
さて。砂川文次『ブラックボックス』(2022年刊)読了。佐久間は今日も東京を走り抜ける。得体の知れない恐怖を遠ざけるため、余計な思考を消し去るため。衝動的な怒りを抑えられず、不用意に問題を起こしては職を転々としてきた佐久間だったが、メッセンジャーという仕事は性に合っていた。あの日までは。
先日発表された第166回芥川賞受賞作、面白かったです。まず、自転車好きとして、導入の疾走〜転倒までの緊張感ある描写が心地よかったです。自転車のメカニカルなことはわからないけど、都心を疾走する感覚や車や歩行者との兼ね合いにシンパシー。
さてさて、本作の大きなテーマはタイトル通りのブラックボックスなのでしょう。人の心や過去が、いったいどうなっているのかは誰にもわからない。あるいは、自分の属さないコミュニティのことは想像もできない。姿形は見えるのに、そこに誰がいて、何をしているのかが見えない世界と、社会を、切り出したように感じました。どちらかというと後者ですかね。
すなわち、分断の時代と言われる今を捉えていると言えそうです。佐久間のような生活のディテールを僕は知りません。そんなのはお互い様で当たり前っちゃ当たり前だけど、おそらく昔よりも見えにくくなり、複雑になり、それらに対するネガティブな感情の澱が社会全体で増えているのかもしれません。実際がどうかはわからないけど、多分そうなんじゃないかと思わせるだけの空気が世の中にあり、そしてこの一冊の小説の中にもあった。シニカルな不協和音。
ひたすら佐久間の中で蠢く独白のように物語が進み、中盤で大きな転換を経つつも重い通低音は変わらず。だけど、ラストは小さな希望が描かれます。最後まで不協和音が流れると思っていたので、ちょっと意外な展開。佐久間がそれでもまた怒りの暴走に翻弄されるのか、次はどこか違う場所にたどりつけるのか、それは読者に委ねられました。
ブラックボックスはすべてを飲み込むブラックホールではなくて、自分にも起こりうる可能性の世界であり、あくまで先の見えない未来である。そう捉えれば、違う景色を見るためにそのドアの中へと歩を進めるのか、それともただ立ちすくみ、背を向けるのか。佐久間と、僕たちは、問われているのかも知れません。
自転車は孤独や、生身の体や、人生という旅路のメタファーだったように思います。よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。
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