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感想_嫌いなら呼ぶなよ

先日芥川賞と直木賞発表されましたね。芥川賞読みたいな。

さて。綿矢りさ『嫌いなら呼ぶなよ』(2022年刊)読了。4本の中編が収められた一作。装丁に惹かれて買いました。水玉好き。

『眼帯のミニーマウス』
闇を抱えた元ロリータファッションに身を包んだ広告代理店(中小)勤務のりなっち。うっかりプチ整形のことを会社で知られたら盛り上がっちゃったので、ちょっと仕返しをしてみたり。

こじらせ女子を絶妙なテンションで書き上げる綿矢節が炸裂!って感じで痛快に読み上げました。
「インスタントに表明されてはすぐ消える私のお気持ち」とか「時すでにお寿司で遺伝と早期教育は私にバッチリ染み込んでいて」とか、ネットスラングじみた言葉使いが秀逸よね。実際にこんなふうに書くかどうかは置いといて、絶妙にそれっぽいぜ。

おそらく装丁の毒々しめポップ路線はこのお話からインスパイアされているのではと思いました。けばけばしいスイーツの、体に悪そうな感じのお話。中毒性あり。

『神田タ』
マッシュルームカットで飲食店アルバイトを転々としてきた、ぽやんちゃん。ひょんなことから2流YouTuberの神田を追いかけ始めたところ、まさかのバイト先で遭遇。いちばんのファンを自負していたものの、神田はぽやんちゃんの愛憎混じったコメントを見ていなかったことを知って…。

これまたアクロバティックにこじらせた主人公。勝手な思い込みで突っ走り、暴走し、あげくプチ放火して我に帰ることもなく、神田が振り返ることもなく。これまた絶妙な自意識高い系を描き切る綿矢先生よ!

『嫌いなら呼ぶなよ』
妻の友人、ハムハム夫婦たちに不倫を責め立てられる霜月。永遠に終わらない攻撃を受け流しながら、ひたすらこの苦行について思いを巡らせるが、最後までここから逃げ出すことはできず…。

珍しく男性主人公で、だけど、こじらせてるのはやっぱり同じ。ちなみに本作品すべてに共通してコロナ禍が舞台。そしてみんな、謎のあだ名が登場。ハンドルネームっぽい呼び名の交換は今時のアバター感出てるのかな。メタバース先取り的な。どれも自意識中心に語られる一人称で、コミュニケーション不全を感じさせる不穏さ。この一方通行感が生々しいのと、もどかしいのとで、なんともいえない気持ちの悪さ。でもこれが今のリアルなのかもしれないぞ。

霜月を擁護はしにくいけど、変わるがわる正義を振りかざすハムハムたちへの違和感も禁じ得なくて、ヤフコメをリアルにしたらこんな感じかもと思いましたよ。

『老は害で若も輩』
作家の綿矢さんと、ライターのシャトル蘭さんの間で板挟みになる編集者の内田。前3作を受けて、ラストはリアルな本音?のコミュニケーションが行われます。ってメールだけど。老害と若輩者のどっちもどっち感がすごいぞ。シャトル蘭てペンネームも秀逸。実在しそうだ。

ということで、4本通して本音と建前の間で巻き起こる断絶と悲喜交々を描いた小説集でした。帯には「綿矢りさ新境地」とあったけど、まんま綿矢さんという気がしたかな。歪んで見える自意識を軽妙にテンポ良く写し取るお手前を楽しませてもらいました。

ネットを介することによって複雑化するコミュニケーションというテーマが浮かんできて、傷つきたくないけど、マウントは取っときたい、そんな誰でもちょっとずつ持ってる小さな闇。昔はどこにも行き場もなかったし顕在化しにくかったような気もするけど、今って赤裸々ですよね。

なんだか読了直後よりも、振り返りながら噛めば噛むほど味のある小説だったな。

よりみちしながら、いきましょう。今日も、いい1日を。

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